「うちの会社はタイムカードをつけていないけど、大丈夫かな……」
「残業代を請求されたら、過去2年分さかのぼられるの?」
中小企業の経営者や人事担当者の方から、こうした不安の声をよく聞きます。2026年10月、東京地方裁判所が残業代訴訟に関する重要な判決を下しました。勤怠管理の在り方に直接影響する内容ですので、ぜひご確認ください。
西宮市の社会保険労務士・竹田社労士事務所が、この判決のポイントと経営者が今すぐ取るべき対策をわかりやすく解説します。
事件の概要:理化学機器メーカーで起きた残業代訴訟
東京都内の理化学機器メーカーで働いていた労働者が、2年半分の未払い残業代を請求する訴訟を起こしました。
この訴訟のポイントは、労働者側の主張にあります。
労働者は「手元にある半年間分の労働時間の記録をもとに、記録が残っていない残りの期間(約2年間)の労働時間も推定できる」と主張しました。つまり、「半年の実績を2年間に当てはめて残業代を計算してほしい」という訴えです。
これに対して、東京地方裁判所(戸室壮太郎裁判官)は7万円の支払いを命じる判決を下しました。
東京地裁の3つの判断ポイント
① 半年の記録だけでは2年分は推定できない
裁判所は、労働者側の「半年の記録から2年分を推定できる」という主張を明確に退けました。
その理由は、「労働実態に共通性がない」ということです。わずか半年ほどの平均労働時間をもって、2年もの長期間の労働時間を推定するのは合理的でないと判断されました。
仮に会社が勤怠管理をしっかり行っていたとしても、季節や繁忙期によって残業時間は変わります。まして半年分のデータだけでは、2年間の実態を正確に反映しているとはいえないという論理です。
② 勤怠管理が不適切でも「残業があった」とは認定できない
この事件では、会社側の勤怠管理が適切でなかった点も認められました。それでも裁判所は、「残業があったと認めるのは困難」と判断しました。
これは経営者にとって一見「有利な」判決のように見えますが、注意が必要です。
裁判所が「残業の事実を認定できなかった」のは、あくまで立証責任の問題です。労働者が具体的な残業時間を立証できなかったから認められなかっただけであり、会社側の記録管理不備が「良いこと」として評価されたわけではありません。
むしろ、厚生労働省の行政指導や労働基準監督署の調査では、勤怠管理の不備自体が労働基準法違反(第108条、第109条)として指摘されます。訴訟リスクだけでなく、行政リスクも常に存在することを忘れてはなりません。
③ 事業場外みなし労働時間制の適用は否定
会社側は「事業場外みなし労働時間制」を適用しようとしていたようですが、裁判所はこの適用を否定しました。
事業場外みなし労働時間制とは、外出先での業務など、労働時間の算定が困難な場合に、あらかじめ定めた時間を働いたとみなす制度です。
ただし、この制度が適用されるには「労働時間を算定し難い」という要件を満たす必要があります。スマートフォンや業務システムで上司が常に指示・確認できる状況にあれば、この要件を満たさないと判断されます。
最終的に裁判所は、半年分の残業代請求(7万円)のみを認容しました。
経営者が今すぐ確認すべき3つのこと
① 労働時間の記録は2年分(3年分)保存する
労働基準法第109条は、「賃金台帳、労働者名簿、タイムカード等の記録」を3年間保存することを義務付けています(2020年の改正で従来の2年から延長)。
残業代の請求権は3年で時効(2020年4月以降の分)です。つまり、過去3年分のタイムカードや出勤簿がなければ、訴訟になったとき「証拠がない状態」になります。
| 書類の種類 | 保存期間 | 根拠 |
|---|---|---|
| タイムカード・出勤簿 | 3年 | 労働基準法第109条 |
| 賃金台帳 | 3年 | 労働基準法第109条 |
| 雇用契約書(労働条件通知書) | 3年(退職後) | 労働基準法第109条 |
| 時間外・休日労働に関する協定(36協定) | 3年 | 労働基準法施行規則第17条 |
② 事業場外みなし労働時間制は「適用要件」を再確認する
「外回りの社員はタイムカード不要」「テレワークだからみなし制でOK」と思っていませんか?
事業場外みなし労働時間制が適用されるためには、次の要件をすべて満たす必要があります。
- 事業場外で業務を行っている(会社の外で働いている)
- 使用者の具体的な指揮監督が及ばない(上司がリアルタイムで指示・確認できない)
- 労働時間を算定することが困難(時間の計測が実態として難しい)
スマートフォン・チャットツール・GPSなどで常に連絡が取れる環境では、要件②・③を満たさないとして適用が否定される裁判例が増えています。テレワーク勤務についても、PC操作ログやオンライン会議の記録がある場合は同様です。
③ 日常的な勤怠管理システムを整備する
今回の判決では「勤怠管理が不適切」と認定されながらも、結果的に会社が全面的に負けることはありませんでした。しかし、それは偶然的な要因(労働者側が充分な証拠を持っていなかった)によるものです。
労働基準監督署の調査では、記録がないこと自体が問題になります。また、今後はAI・クラウドシステムによる勤怠データの蓄積が進み、労働者側が証拠を集めやすくなっています。
最低限、以下の対応を取っておきましょう:
- タイムカード・ICカード・スマートフォンアプリ等で出退勤を記録する
- 時間外労働の事前申請・事後報告の仕組みを作る
- 記録は3年以上保存する(クラウドバックアップ推奨)
- 36協定(時間外・休日労働に関する協定)を締結・届出する
まとめ:「記録がないから大丈夫」は危険!
今回の東京地裁判決は、残業代訴訟における「推定」の限界を示したものです。
労働者が半年分の記録しか持っていなかったため、2年分の残業代の推定請求は認められませんでした。しかし、これを「記録を残さなければ会社が有利」と解釈するのは大きな誤りです。
むしろ、勤怠管理の不備は:
- 労働基準監督署の調査・是正勧告のリスク
- 社会保険・雇用保険の適切な算定ができないリスク
- 働き方改革関連法(時間外労働の上限規制)違反のリスク
- 従業員の信頼・職場環境への悪影響
…をもたらします。
また、今後は労働者側が時間外労働の証拠(スマホの位置情報・メール送受信記録・PCのログ等)を集めやすくなっています。「うちは中小企業だから大丈夫」という油断は禁物です。
勤怠管理の整備・労働時間管理の見直しについてお悩みの事業主様は、西宮市の竹田社労士事務所にお気軽にご相談ください。就業規則の作成・変更、36協定の作成・届出、労務トラブルの予防対策など、幅広くサポートいたします。
📌 情報元:全国社会保険労務士会連合会 NEWS HEADLINE(2026年10月6日)/株式会社 労働新聞社提供
📌 参考:労働時間 半年の記録基に推定できず――東京地裁(社労士連合会 NEWS HEADLINE)

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