「在職中に競合会社を立ち上げた元従業員に訴訟を起こしたのに、なぜか会社側が負けてしまった——」
そんな衝撃的な裁判の結果が、2026年7月下旬に明らかになりました。東京地方裁判所の判決(矢崎達也裁判官)は、元従業員2人に損害賠償を求めた会社の請求をすべて棄却しました。
なぜこうなったのか?そして、会社として何を学べるのか?今回は西宮の社労士が、この判決のポイントをわかりやすく解説します。
事件のあらまし――何が起きたのか?
自動二輪車や自動車の本体・部品の輸入販売を営む東京都内の会社に2人の従業員がいました。この2人は在職中に競合する会社を立ち上げ、次のような行為をしていました。
- 会社の社用車を、新たに設立した競合会社のために使用した
- 会社の取引先(仕入先)に対して、競合会社で使う車両パーツを注文した
これを発覚した会社は、2人を懲戒解雇するとともに、業務上の背信行為によって被った損害を賠償するよう訴訟を起こしました。
裁判所の判断――会社の主張はなぜ退けられたのか?
東京地裁は、確かに元従業員の「職務専念義務違反」によって会社に2万4,000円の損害が生じたと認めました。
ところが、話はここで終わりませんでした。
裁判所はあわせて「この懲戒解雇は無効だ」と判断。無効な懲戒解雇によって元従業員が受けた精神的苦痛に対し、慰謝料20万円が発生していると認定したのです。
その結果——
- 会社が元従業員に請求できる損害賠償:2万4,000円
- 元従業員が会社に請求できる慰謝料:20万円
この2つを「相殺」すると、元従業員への支払いの方が多くなり、結果として会社の請求権はすべて消滅してしまいました。
この判決から学ぶ3つのポイント
① 「職務専念義務違反」だけでは損害賠償は難しい
労働者は在職中、会社の業務に専念する義務(職務専念義務)を負っています。競合会社の立ち上げに会社の資産(社用車・取引先など)を使うことは、明らかにこの義務への違反です。
しかしこの事件では、実際に認められた損害額はわずか2万4,000円でした。行為そのものは悪質でも、立証できた金銭的損害はごくわずかだったわけです。損害賠償請求には具体的な損害額の証明が不可欠です。
② 懲戒解雇が「無効」になると会社が逆に不利になる
今回の最大の教訓はここにあります。懲戒解雇が無効と判断されると、その違法行為によって会社は慰謝料を支払う立場になります。
懲戒解雇は「最も重い懲戒処分」であるため、裁判所のハードルは非常に高く設定されています。次の要件を満たしていないと無効になりやすいです。
- 就業規則に懲戒解雇の事由が明記されている
- 懲戒の手続き(弁明の機会など)を正しく踏んでいる
- 行為の悪質性・程度に照らして「解雇」が相当といえる
- 同種の行為への対応が一貫している(平等取扱い)
感情に任せて「いきなり懲戒解雇」という判断をすると、今回の事件のように会社が余計な損失を被るケースがあります。
③ 事前の「競業避止義務契約」が重要
今回の事件では元従業員が在職中に競合会社を設立していましたが、退職後の競合行為を防ぐためには「競業避止義務特約」の締結が有効です。
ただし、競業避止義務も無制限に有効なわけではなく、次の点のバランスが問われます。
- 禁止する地域・業種・期間が合理的な範囲に収まっているか
- 代償措置(手当の支払いなど)があるか
- 保護に値する正当な利益(顧客情報・技術情報)があるか
採用時や重要ポジション就任時に、適切な競業避止条項を含む誓約書を取り交わしておくことで、万が一の際の法的根拠が強固になります。
会社が今すぐすべき対策チェックリスト
- ✅ 就業規則に懲戒事由(競合行為・職務専念義務違反)が明記されているか確認する
- ✅ 懲戒処分の手続き(弁明の機会付与など)が明文化されているか確認する
- ✅ 重要なポジションの社員と競業避止義務に関する誓約書を取り交わす
- ✅ 社用車・備品・取引先情報などの利用ルールを就業規則または誓約書に明記する
- ✅ 問題行為を発見した場合は、感情的に処分を決めず、必ず専門家(社労士・弁護士)に相談する
まとめ
「悪いことをした社員を懲戒解雇した、当然だ」と思っても、手続きや要件が不適切だと会社が逆に法的責任を問われることがあります。今回の東京地裁判決はその典型例です。
問題行動を起こした従業員への対応は、感情に任せず、証拠の収集→専門家への相談→適切な手続きの実施という順序で進めることが重要です。
「うちの社員がもしかして……」「就業規則を見直したい」という方は、ぜひ西宮の社労士事務所・SR武田事務所にお気軽にご相談ください。
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