「採用の自由」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。企業は原則として、誰を採用するかを自由に決めることができます。
しかし、試用期間中の本採用拒否(いわゆる「試用期間での解雇」)は、通常の解雇と同様、厳しいルールに縛られています。安易に本採用を拒否すると、労働契約関係の存続を求める訴訟に発展することもあります。
この記事では、1973年に最高裁が示した「三菱樹脂事件」をもとに、採用の自由の範囲と試用期間の正しい取り扱いを、わかりやすく解説します。
採用の自由とは?法律上の位置づけ
日本の労働法では、企業(使用者)は原則として採用の自由を持っています。最高裁は三菱樹脂事件の判決で、次のように述べています。
「企業者は、自己の営業のために労働者を雇傭するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件で雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができる」
つまり、採用する・しないの判断は基本的に企業の裁量に任されており、特定の人を採用しないこと自体は、原則として違法にはなりません。
ただし、以下のような法律による制限は存在します。
- 労働基準法3条:国籍・信条・社会的身分を理由にした労働条件の差別的取扱いの禁止(ただし採用段階は対象外)
- 障害者雇用促進法:障害者への差別禁止(採用も対象)
- 雇用機会均等法:性別を理由とした採用差別の禁止
- 労働施策総合推進法:年齢を理由とした採用制限の原則禁止
三菱樹脂事件とは?事案の概要
三菱樹脂事件は、1973年(昭和48年)12月12日に最高裁判所大法廷が判決を下した、日本の労働法史上最も重要な判例のひとつです。
事件の経緯
大学を卒業してY社(三菱樹脂株式会社)に採用されたXさんは、3か月の試用期間中に本採用を拒否されました。
拒否の理由は次の2点でした。
- 大学在学中に学生運動に関与していたにもかかわらず、採用時の身上書にその旨を記載せず、面接でも隠していた(詐欺に該当するとされた)
- 管理職要員としての適格性に欠けると判断された
Xさんはこの本採用拒否を不当として訴訟を起こしました。
東京高裁と最高裁の判断の違い
| 裁判所 | 判断 |
|---|---|
| 東京高裁 | Xさんの労働契約関係の存続と賃金支払いを認める(Xさん勝訴) |
| 最高裁(大法廷) | 高裁判決を破棄・差し戻し(会社側の主張を支持) |
最終的に差し戻し審で和解が成立し、Xさんは職場に復帰しました。
最高裁の4つの重要判示
三菱樹脂事件で最高裁が示した法的判断は、現在も採用実務の根拠として広く活用されています。
① 憲法は私人間の関係を直接規律しない
Xさんは「思想・信条による差別を禁じた憲法14条・19条に違反する」と主張しました。しかし最高裁は、憲法の規定は国家と個人の関係を規律するものであり、私人(企業と労働者)の間には直接適用されないと判断しました。
つまり、企業が特定の思想を理由に採用を拒否しても、それだけで憲法違反にはならないということです。
② 採用の自由の原則
企業は「法律その他による特別の制限がない限り」、採用する人物・条件を自由に決定できます。これが採用の自由の原則です。
③ 思想・信条の調査も違法ではない
採用判断にあたり、応募者の思想・信条を調査すること自体は、法律上禁止されていないと最高裁は判示しました。ただしこれは、差別的取扱いを正当化するものではありません。現在は個人情報保護の観点から慎重な運用が求められています。
④ 労働基準法3条は採用段階には適用されない
労働基準法3条は「信条を理由とした労働条件の差別的取扱い」を禁止していますが、最高裁はこの規定は採用行為そのものを制約するものではないと解釈しました。
試用期間と本採用拒否のルール
三菱樹脂事件のもう一つの重要なポイントは、試用期間中の本採用拒否の限界についてです。
最高裁は、試用期間中の労働契約を「解約権を留保した期間の定めのない労働契約」と位置づけました。
そして、試用期間中であっても、会社が本採用を拒否するには以下の条件が必要だと判示しています。
「解約権の行使は、解雇と同様に、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認される場合に限られる」
「採用の自由がある」=「試用期間中はいつでも辞めさせられる」は誤解!
多くの事業主が勘違いしているのですが、「試用期間中は自由に解雇できる」というのは間違いです。
- 試用期間であっても、14日を超えて雇用した場合は労働基準法の解雇予告(30日前の通知または30日分の予告手当)が必要
- 本採用拒否(試用期間での解雇)には、客観的・合理的な理由が必要
- 試用期間の延長は、就業規則に規定がある場合のみ有効
事業主が知っておくべき3つのポイント
① 採用時の情報収集は「業務遂行能力の確認」に限定する
採用の自由があるとはいえ、思想・信条・出身地・家族構成などプライバシーに関わる事項を採用判断の基準にすることは、現在の法律・ガイドラインで問題になりえます。厚生労働省は公正採用選考の観点から、職業上の能力・適性に直接関係しない事項の調査を慎むよう求めています。
② 試用期間中の評価は書面で記録する
本採用拒否が訴訟になった場合、「客観的に合理的な理由」を立証するのは会社側です。勤怠状況・業務成績・指導記録を日頃から書面で残しておくことが重要です。
③ 試用期間は「本採用拒否できる万能期間」ではない
試用期間の設定は、応募者の能力・適性を判断するための制度です。明確な評価基準なしに「なんとなく合わない」という理由で本採用拒否をすると、不当解雇として損害賠償や地位確認を求められるリスクがあります。
まとめ:採用は「自由」だが、試用期間は「慎重」に
三菱樹脂事件から学べる重要なポイントをまとめます。
- 企業には採用の自由があり、誰を採用するかは原則として自由に決定できる
- ただし、性別・障害・年齢など法律で禁止された理由による差別はできない
- 試用期間中であっても、本採用拒否(解雇)には客観的・合理的な理由が必要
- 「試用期間だから何でもできる」という認識は法的に誤り
- 採用・試用期間の評価プロセスを適切に管理し、書面での記録を残すことが重要
採用に関するトラブルを未然に防ぐためには、採用基準・評価方法・就業規則の整備が欠かせません。不安な点があれば、ぜひ社会保険労務士にご相談ください。
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