「支給日の前日に退職したから賞与はもらえない」「在籍していないと賞与の権利はない」――こうした説明を受けたことがある方もいるかもしれません。
しかし、賞与(ボーナス)をめぐるルールは、就業規則の書き方や会社の慣行によって大きく変わります。安易に「支給日前退職だから不払いでOK」と考えていると、訴訟リスクを抱えることになります。
この記事では、最高裁が示した「大和銀行事件」(1982年)と「福岡雙葉学園事件」(2007年)の2つの判例をもとに、賞与請求権がいつ発生するか、支給日在籍要件は有効かを、わかりやすく解説します。
賞与(ボーナス)とは?法律上の位置づけ
賞与は、毎月支払われる「賃金」と異なり、必ずしも支払いが法律で義務付けられているものではありません。
労働基準法上、賞与は「臨時の賃金等」(法11条)に分類され、毎月払いの原則(法24条)の適用を受けません。
そのため、賞与を支払う場合のルール(支給条件・金額・支給日)は、就業規則や労働協約、労使慣行によって決まるのが原則です。
| 区分 | 根拠 | 特徴 |
|---|---|---|
| 月例賃金 | 労働契約・就業規則 | 毎月払いの原則あり |
| 賞与(ボーナス) | 就業規則・労働協約・慣行 | 支払義務は別途定めによる |
賞与請求権はいつ発生するのか?
賞与に関して最も重要な論点のひとつが、「賞与を請求する権利(請求権)はいつ発生するのか」という点です。
厚生労働省の判例解説では、この点について次のように整理されています。
「賞与請求権は、使用者の決定や労使の合意・慣行等によって具体的な算定基準が定められ、支給すべき金額が決定されることで初めて発生する」
つまり、「賞与を支払う」という会社の決定があって初めて、労働者の賞与請求権が生まれるという考え方です。
この点を具体的に示したのが、福岡雙葉学園事件です。
福岡雙葉学園事件(最高裁2007年)
事件の概要
学校法人Yは、人事院勧告に基づいて給与規程を改定しました。12月期の期末勤勉手当(賞与に相当)の支給額を決定するにあたり、「改定後の給与規程に基づいて算定した額から、当年4月分〜11月分の給与の減額分を控除する」という計算を行いました。
教職員らは「減額分の控除は不当」として、残額(本来の賞与との差額)の支払いを求めて訴訟を起こしました。
各裁判所の判断
| 裁判所 | 判断 |
|---|---|
| 地方裁判所 | 学校法人の主張を支持(教職員の請求を棄却) |
| 高等裁判所 | 地裁判決を取り消し、教職員の請求を認容 |
| 最高裁判所(第三小法廷) | 高裁判決を破棄し、地裁判決を支持(学校側の主張を認める) |
最高裁の判断のポイント
最高裁は、「期末勤勉手当の請求権は、理事会が支給すべき金額を定めることにより初めて具体的権利として発生する」と判示しました。
本件では、11月の理事会決定の時点で具体的な賞与額が確定したため、その後の調整(控除)は既得権の侵害にあたらないと判断されました。
つまり、「理事会(会社)が金額を決めるまでは、具体的な賞与請求権はない」ということです。
大和銀行事件(最高裁1982年)
事件の概要
大和銀行Yは、就業規則を改定し、「支給日に在籍している者に対して賞与を支給する」と明文化しました。
Xさんは5月31日に退職しました。夏の賞与支給日は6月中旬でしたが、支給日に在籍していなかったため、賞与を一切受け取ることができませんでした。
Xさんは「在籍していた期間に対応する分の賞与は支払うべき」として訴訟を起こしました。
各裁判所の判断
| 裁判所 | 判断 |
|---|---|
| 地方裁判所 | 銀行側を支持(Xさんの請求を棄却) |
| 高等裁判所 | 銀行側を支持(控訴を棄却) |
| 最高裁判所(第一小法廷) | Xさんの上告を棄却(銀行側の勝訴が確定) |
最高裁の判断のポイント
最高裁は、改定前から「支給日在籍者のみに賞与を支給する」という慣行が存在しており、就業規則の改定はその慣行を明文化したにすぎないとしました。
そして、このような支給日在籍要件は「合理性を有する」と判断し、Xさんには退職後の賞与受給権がないと結論づけました。
「支給日在籍要件を定めることは、賞与支給の実務上合理的な取扱いであり、支給日前に退職した者が賞与を受けられないとしても、それは就業規則の合理的な解釈の範囲内である」
2つの判例から読み取れる重要原則
原則①:賞与請求権は会社の決定によって発生する
福岡雙葉学園事件が示したように、賞与を受け取る権利は、会社(使用者)が支給金額を決定した時点で初めて具体的に発生します。
就業規則や労働協約に「賞与を支給する」と書かれていても、金額が確定されるまでは抽象的な期待権にすぎないという考え方が採られています。
原則②:支給日在籍要件は有効
大和銀行事件が示したように、「支給日に在籍していること」を賞与支給の条件とすること自体は有効です。
ただし、この要件が有効になるための条件があります。
- 就業規則や労働協約に明確に定めてあること
- または、支給日在籍要件が会社の長年の慣行として確立していること
- その慣行が労使に共通認識として浸透していること
原則③:就業規則の規定が曖昧だと会社にリスクがある
反対に、就業規則に「支給日在籍要件」の明記がなく、慣行も確立していない場合は、支給日前に退職した社員に対しても、在籍期間分の賞与を請求される可能性があります。
「賞与不払い」で会社が負けるケースとは?
最高裁が「支給日在籍要件は有効」と示しているとはいえ、すべての場面で会社が勝てるわけではありません。以下のようなケースでは、会社側が賞与の支払いを命じられるリスクがあります。
- 就業規則に支給日在籍要件の記載がないのに、支給日前退職を理由に不払いにした場合
- 賞与支給の算定期間(例:10月〜3月)が終了した後に退職し、支給日だけを迎えていない場合
- 会社が意図的に支給日を遅らせて退職前に在籍させないようにした場合(権利濫用)
- 退職理由が会社側の違法行為(ハラスメント等)によるものの場合
特に注意が必要なのが、「支給日在籍要件を盾に、月日を引き延ばして賞与を払わない」という運用です。こうした場合は権利濫用として無効と判断されることがあります。
事業主が今すぐ確認すべき3つのポイント
① 就業規則に支給日在籍要件を明記する
賞与をめぐるトラブルを防ぐために、就業規則には次の内容を明確に定めておきましょう。
- 賞与の算定期間(例:10月1日〜3月31日)
- 支給対象者の条件(支給日に在籍する者、など)
- 支給日(または支給決定時期)
- 計算方法(評価・在籍期間に応じた減額など)
② 賞与の「決定権者」と「決定時期」を明確にする
福岡雙葉学園事件が示したように、賞与の決定は会社(理事会・取締役会等)が行うことを明文化しておくことが重要です。
「業績により不支給となる場合がある」「支給額は会社が決定する」といった条文を入れておくことで、賞与をめぐる予期せぬ請求を防ぐことができます。
③ 退職予定者への賞与扱いを事前に定める
退職が決まっている社員への賞与の扱いは、就業規則や個別合意で明確にしておきましょう。
- 退職届の提出後に賞与支給日を迎えた場合の扱い
- 試用期間中の退職者への賞与の有無
- 解雇・懲戒解雇の場合の賞与扱い
まとめ:賞与不払いのリスクを就業規則で最小化する
2つの最高裁判例から得られる実務上の教訓をまとめます。
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 賞与請求権の発生時期 | 会社が金額を決定した時点で初めて発生(福岡雙葉学園事件) |
| 支給日在籍要件の有効性 | 就業規則や慣行で定められていれば有効(大和銀行事件) |
| 就業規則の整備が必須 | 記載がなければ会社が不払いリスクを負う |
| 権利濫用に注意 | 意図的な支給遅延や退職妨害は違法となりうる |
賞与は社員にとってモチベーションの源泉である一方、会社側にとっては適切なルール設計が不可欠です。「なんとなく支払っている」「就業規則の規定が曖昧」という状態は、退職者とのトラブルや訴訟リスクの温床になります。
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