「今の仕事がなくなったら、デスクワークに異動させる」――そう約束した会社が、後になって現場の肉体労働への配転命令を出したら、従業員はどうなるのでしょうか?
2026年6月30日、東京高等裁判所はこの問題について重要な判断を下しました。「デスクワークへの期待権」という考え方を認め、会社の配置転換命令を無効としたのです。
この裁判例は、日本全国の経営者・人事担当者にとって見逃せない内容です。特に「配転は会社の権限だから大丈夫」と思っている方は、ぜひ最後までお読みください。
事件の概要
今回の裁判のあらましは次のとおりです。
- 梱包・倉庫業などを営む東京都内の会社に勤める従業員が被告。
- この従業員はデスクワーク(事務職)として働いていた。
- 会社は以前、「担当業務がなくなった場合はデスクワークを用意する」と明言していた。
- ところが実際には、会社は従業員に対し現業職(肉体労働を伴う現場仕事)への配置転換命令を出した。
- 従業員はこの配転命令に従わず、会社は「命令違反」を理由に昇給停止・懲戒解雇の処分をした。
- 従業員が裁判で争い、一審(地方裁判所)・二審(東京高裁)ともに従業員側が勝訴した。
「期待権」とはどういう意味?
今回のポイントとなったのが「期待権(きたいけん)」という法律用語です。聞き慣れない言葉ですが、わかりやすく説明すると——
会社が「こうする」と言ったことで、従業員が「そうなるだろう」と合理的に期待した状態は、法律上保護される場合がある。
つまり、書面の契約がなくても、会社が口頭や慣例で「デスクワークを用意する」と繰り返し約束していれば、従業員にはそれを期待する権利(期待権)が生まれるというわけです。
東京高裁はこの期待権を認め、「配転命令は権利濫用(けんりらんよう)にあたり無効」と判断しました。
昇給停止・懲戒解雇も「無効」と判断
今回の裁判では、配転命令そのものが無効になっただけではありません。
会社は従業員が配転命令に従わなかったことを理由に、
- 昇給停止処分
- 懲戒解雇
という重大な措置を取っていました。しかし、裁判所はこれらについても「命令自体が無効なのだから、その違反を理由とした処分も無効だ」と判断。
さらに、慰謝料50万円の支払いも命じられました。違法な配転命令は「不法行為」にもあたると認定されたためです。
会社が学ぶべき教訓
この裁判例から、経営者・人事担当者が注意すべきポイントを整理します。
① 口約束でも法的効力が生まれることがある
「書いてないから大丈夫」は通用しません。会社が繰り返し口頭で約束した内容は、従業員に「期待権」を生じさせ得ます。採用時・異動時の口頭約束には特に注意が必要です。
② 配置転換は「会社の自由」ではない
判例上、使用者には「人事権」の一環として配転命令の権限があるとされています。しかし、それは「不当な動機・目的のない場合」かつ「労働者に著しい不利益を与えない場合」に限られます(東亜ペイント事件・最高裁判例)。従業員に期待権がある場合は、さらに制約されます。
③ 無効な命令への違反を理由とした懲戒処分はリスクが高い
「命令に従わないから懲戒」という対応は、元の命令が無効であれば連鎖的に無効となります。むしろ懲戒処分そのものが違法となり、追加の損害賠償請求を招く危険があります。
④ 配転・処分前には必ず専門家に相談を
配置転換や懲戒処分は、後から取り消すことが非常に難しい措置です。実施前に社会保険労務士・弁護士に相談し、リスクを事前に確認することを強くお勧めします。
まとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 事件の概要 | 「デスクワークを用意する」と明言した会社が現場への配転命令を出した |
| 裁判所の判断 | 従業員の「期待権」を認め、配転命令を無効とした(東京高裁) |
| 付随的処分 | 昇給停止・懲戒解雇も無効。慰謝料50万円の支払い命令 |
| 会社への教訓 | 口約束も法的効力あり。配転・懲戒前に専門家へ相談を |
配置転換は経営にとって必要な手段の一つですが、「言ったこと」の重みを軽視すると大きなリスクになります。採用・面談・異動の場での発言は慎重に。また事前の記録保存や就業規則の整備が、後々の紛争予防に役立ちます。
⚠️ 本記事は2026年6月30日の東京高裁判決をもとに解説したものです。個別の事案については、必ず専門家にご相談ください。
▶ 配置転換・懲戒処分・就業規則の整備については、西宮市の社会保険労務士事務所 SR武田事務所にお気軽にご相談ください。

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