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「給料から損害賠償を引ける?」関西精機・日新製鋼・福岡県教組事件で学ぶ賃金相殺の落とし穴|西宮の社労士が解説


「ミスをした社員の給料から損害賠償分を差し引きたい」「貸したお金を退職時の給与と相殺したい」——こんな場面に遭遇した経営者や人事担当者は多いのではないでしょうか?

一見すると合理的に思えるこうした「給与と他の債権の相殺」ですが、実は労働法上、厳格なルールがあり、会社が一方的に行うと「賃金の全額払い原則違反」として違法となる場合があります。

今回は、厚生労働省が公表している判例集をもとに、賃金相殺に関する3つの重要な最高裁判例——関西精機事件、日新製鋼事件、福岡県教組事件——を解説します。中小企業の経営者・労務担当者が「やってしまいがちな違法相殺」を避けるためのポイントを、わかりやすく説明します。

大前提:「賃金全額払いの原則」とは?

まず、賃金相殺を語るうえで欠かせない大原則を確認しましょう。

労働基準法第24条は、賃金の支払いについて次のルールを定めています。

原則 内容
通貨払いの原則 賃金は現金(通貨)で支払わなければならない
直接払いの原則 賃金は労働者本人に直接支払わなければならない
全額払いの原則 賃金は全額を支払わなければならない
毎期払いの原則 毎月1回以上、一定の期日に支払わなければならない

このうち「全額払いの原則」がポイントです。使用者は、原則として賃金から何かを差し引くことはできません。

例外として、①法令に定めのある場合(所得税・社会保険料など)と②労使協定を締結した場合(組合費の控除など)のみ、賃金からの控除が認められます。

では、「会社への損害賠償請求権」や「貸付金の返済」は、どのように扱われるのでしょうか?以下の3判例から考えていきましょう。

【判例1】使用者の一方的な相殺は違法:関西精機事件(最高裁 昭和31年11月2日)

事案の概要

関西精機事件は、機械メーカーが営業不振を理由に工場を一時休業し、その間の賃金を支払わなかったという事案です。

会社側は「休業中に労働者が会社に与えた損害があり、その損害賠償債権と賃金債権を相殺した」と主張しました。つまり、「会社も労働者に請求できる債権があるから、差し引きゼロにしても構わない」という立場です。

裁判所の判断

最高裁判所(第二小法廷)は、会社側の主張を退け、次のように判示しました。

「賃金債権に対して損害賠償債権をもって相殺することは、労働基準法24条1項の賃金全額払いの原則に反し許されない」

つまり、使用者が一方的に「賃金」と「損害賠償請求権」を相殺することは、たとえ正当な損害賠償債権があったとしても違法ということです。

項目 内容
事件名 関西精機事件
裁判所 最高裁判所 第二小法廷
判決日 昭和31年(1956年)11月2日
結論 使用者による一方的相殺は賃金全額払い原則違反で無効

この判決は、「社員がミスをして損害を出した」「備品を壊した」「横領した」などのケースでも、給与から一方的に損害賠償額を差し引くことはできないという原則を確立しました。

損害賠償を請求したい場合は、別途民事的な手続き(話し合い・訴訟等)を行う必要があります。

【判例2】労働者の「自由な意思」による同意があれば有効:日新製鋼事件(最高裁 平成2年11月26日)

事案の概要

日新製鋼事件は、会社が破産状態となった労働者に対して貸し付けていたお金について、退職時の退職金をその返済に充てることを、労働者自身が事前に書面で同意していた、という事案です。

具体的には、労働者は退職金の支払い前に「退職金を借入金の返済に充当することに同意する」旨の書類に署名・押印していました。労働者はその後「この同意は強制されたものだ」「全額払い原則に違反する」として争いました。

裁判所の判断

最高裁判所は、次のように判示しました。

「労働者が自由な意思に基づいて相殺に同意した場合において、その同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときには、当該同意を得てした相殺は全額払いの原則に反しない」

つまり、労働者が自分の意思で同意した相殺は有効ということです。ただし、その「同意」は真に自由な意思によるものでなければなりません。

項目 内容
事件名 日新製鋼事件
裁判所 最高裁判所 第二小法廷
判決日 平成2年(1990年)11月26日
結論 自由な意思に基づく同意があれば相殺は有効

この判決で注意すべきポイントは、「形式的に書類にサインがある」だけでは不十分という点です。裁判所は次のような要素を重視します。

  • 同意が強制・強迫・錯誤なく行われたこと
  • 同意の合理的な理由が客観的に存在すること
  • 労働者が同意内容を十分に理解して署名したこと

経営者側の実務ポイントとして、「退職金から貸付金を控除する」「社員が承諾した」というケースでも、後に「強制された」「内容を知らなかった」と争われるリスクがあります。書面作成時に弁護士や社労士の関与を検討することが重要です。

【判例3】過払い賃金の調整は「タイミング」が重要:福岡県教組事件(最高裁 昭和50年3月6日)

事案の概要

福岡県教組事件では、給与計算のミスにより過払いとなった賃金を、後の給与から減額して回収しようとした事案です。

過払いが発生した後、約3ヶ月後の給与から差し引いて調整しましたが、この「3ヶ月後の調整」が全額払い原則に違反するかどうかが争われました。

裁判所の判断

最高裁判所は次のように判示しました。

「過払いのあった時期と清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期」に行われる調整的相殺は許容される。しかし、時機を逸した長期間後の減額は許されない。

つまり、過払いの調整はできるだけ早いタイミングで行わなければならないということです。この事件では、3ヶ月後では「合理的に接着した時期」とは言えないとして、違法と判断される方向性が示されました。

項目 内容
事件名 福岡県教組事件
裁判所 最高裁判所 第一小法廷
判決日 昭和50年(1975年)3月6日
結論 過払い調整は「合理的に接着した時期」のみ許容

この判例は、給与計算ミスが発生した際の実務に直結する重要な判決です。過払いが発覚したら、翌月または翌々月の給与で調整するのが実務上の安全策です。

3つの判例から見えてくる「賃金相殺ルール」の全体像

ここまでの判例をまとめると、賃金と他の債権の相殺については、以下の3つのルールが確立されています。

ルール 内容 根拠判例
①一方的相殺は禁止 使用者が一方的に損害賠償債権等と相殺することは違法 関西精機事件
②合意相殺は条件付き有効 労働者の自由な意思に基づく同意があれば相殺は有効 日新製鋼事件
③過払い調整はタイミングが重要 過払い賃金の調整的相殺は「合理的に接着した時期」のみ許容 福岡県教組事件

中小企業が陥りやすい「違法相殺」のよくある事例

実務では、以下のようなケースが問題になりやすいので注意が必要です。

  • 【違法】社員が業務上のミスで損害を出したため、翌月の給与から損害額を差し引いた
  • 【違法の可能性】退職する社員に「制服代・研修費を返せ」と言って、最後の給与から控除した
  • 【条件付き有効】社員が「退職金から借入金を差し引いてください」と書面で申し出た(自由意思の確認が必要)
  • 【有効の可能性】給与計算ミスで翌月の給与から過払い分を回収した(タイミングが早ければ許容)

よくある質問(Q&A)

Q1. 社員が会社の備品を壊した場合、修理代を給与から引けますか?

A. 会社が一方的に差し引くことは違法です。別途、損害賠償請求の手続きを行ってください。ただし、社員本人が「給与から引いてください」と書面で自由意思により同意した場合は有効になる可能性があります。

Q2. 社員に貸したお金を給与と相殺したい場合は?

A. 社員の自由な意思による同意書(相殺合意書)を事前に作成しておくことが重要です。ただし、その同意が本当に自由な意思によるものかどうか、形式的な署名だけでは不十分な場合があります。社労士・弁護士への相談をお勧めします。

Q3. 給与計算ミスで過払いした場合の対処法は?

A. できるだけ早いタイミング(翌月・翌々月の給与)で調整するのが安全です。時間が経てば経つほど「全額払い原則違反」のリスクが高まります。また、事前に社員への説明と了解を得ることも大切です。

まとめ:「給与からの控除」は慎重に

今回の3つの最高裁判例が示す最大の教訓は、「給与は原則として全額支払わなければならない」という大原則の重さです。

会社が一方的に「損害賠償がある」「貸付金がある」といった理由で給与を減額することは、違法行為となります。もし適法に相殺を行いたいのであれば、

  • 労働者の自由な意思に基づく書面同意を取得する
  • 労使協定を締結するなど適法な手続きを踏む
  • 過払い調整は速やかに行う

といった対応が必要です。

「どうすれば合法的に対応できるのか」とお悩みの経営者・人事担当者の方は、ぜひ当事務所にご相談ください。西宮市の社会保険労務士として、実務に即したアドバイスをいたします。

出典:厚生労働省「確かめよう労働条件」裁判例集「賃金と他の債権の相殺」


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