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従業員のミスで損害が出ても全額請求できない?エーディーディー事件・茨城石炭商事事件から学ぶ損害賠償の正しい知識を社労士が解説


「ミスをした従業員に全額弁償させてもいい?」「事故を起こした社員に損害賠償を請求したい」——経営者や人事担当者から、こんな相談を受けることがあります。

結論からお伝えすると、従業員が仕事上のミスをしても、会社は損害の全額を請求できないのが原則です。裁判所は「公平な損害分担」の観点から、請求できる範囲を大きく制限します。

今回は、この問題を考えるうえで重要な2つの裁判例——エーディーディー事件(大阪高裁 平成24年)茨城石炭商事事件(最高裁 昭和51年)——をもとに、損害賠償をめぐるルールをわかりやすく解説します。

📌 この記事のポイント
・従業員のミスで損害が生じても、全額請求は原則として認められない
・裁判所は「信義則上相当な限度」でのみ請求を認める
・使用者自身のリスク管理姿勢や保険加入状況も判断に影響する
・損害賠償を就業規則に定めても、全額請求の根拠にはならない

2つの事件の概要

まず、今回取り上げる2つの裁判例を表で比較してみましょう。

項目 エーディーディー事件 茨城石炭商事事件
裁判所・年月日 大阪高裁 平成24年7月27日 最高裁第一小法廷 昭和51年7月8日
業種・業務内容 コンピュータシステム企画・販売会社の従業員 石炭商事会社のタンクローリー運転手
ミスの内容 業務の不適切な実施により大口顧客の注文が減少 運転中に先行車両に追突し損害を発生させた
会社の請求額 損害賠償(全額) 40万円の損害賠償
裁判所の判断 請求棄却(全額認めず) 損害の1/4まで認容

裁判所の判断:なぜ全額請求が認められないのか?

エーディーディー事件:「企業リスクは経営者が負う」

このケースでは、創立当初からの従業員が業務を適切に実施しなかったとして、会社が損害賠償を請求しました。

しかし大阪高裁は、次のような理由で請求を全額棄却しました。

  • 「企業経営の運営自体に付随・内在するリスク」は使用者が負担すべき——ビジネスで発生するトラブルは経営リスクの一部であり、従業員個人に転嫁するのは不当
  • 本件のトラブルは「企業間で通常起こりうるトラブル」の範囲内——特別な過失や悪意があったわけではない
  • 故意または重大な過失が認定されない——通常の業務上のミスには、損害賠償責任が生じないのが原則

裁判所は、「信義則上相当と認められる限度でのみ使用者は請求できる」という基準を示しました。この「信義則」とは、社会的な公平・誠実さの原則のことで、全額請求を認めることはこれに反するというわけです。

茨城石炭商事事件:「1/4が限度」の最高裁判断

こちらは最高裁判所が、損害賠償の範囲について具体的な基準を示したリーディングケースです。

タンクローリーの運転手が追突事故を起こしたケースで、最高裁は以下の事情を考慮したうえで「損害の4分の1までしか求償できない」と判断しました。

⚠ 最高裁が考慮した要素

事業の性格・規模:会社の業務内容や事業規模

施設の状況:設備・保険の整備状況(対物・車両保険に未加入)

従業員の業務内容:小型車の臨時的運転であった

労働条件:月給約45,000円(当時)と低め

損害の公平な分担:これらを総合的に考慮して「相当な限度」を決める

重要なのは、「会社が対物・車両保険に加入していなかった」という点が不利に働いたことです。リスク管理を怠った使用者が損害を従業員に転嫁するのは不公平、という考え方が裁判所の根底にあります。

事業主として知っておくべき3つのポイント

① 就業規則に「損害賠償」を書いても全額請求はできない

「就業規則に『故意・過失で損害を与えた場合は全額賠償を求める』と書いてある」というケースがあります。しかし、裁判所はこの規定の有効性を認めていません

なぜなら、労働基準法第16条が「賠償予定の禁止」を定めており、あらかじめ損害賠償額を定めることは違法だからです。また、信義則による制限は法律に基づくものであり、規則で変えることはできません。

② 保険加入・リスク管理が会社側の責任を示す

茨城石炭商事事件でも示されたように、会社が適切な保険に加入しているかどうかが損害賠償の範囲に影響します。

  • 業務用車両には対物・車両保険へ加入する
  • 取引先との損害に備えて賠償責任保険を検討する
  • IT業務にはサイバー保険・E&O保険なども有効

これらの保険に加入することで、万一のミスによる損害リスクを経営者自身が管理している姿勢を示せます。

③ 「故意・重大な過失」のある場合は別の話

今回紹介した2つの判例は、通常の業務上のミスについての話です。

従業員が故意に損害を与えた場合や、著しく非常識な行動(酒気帯び運転・故意の情報漏洩など)による重大な過失がある場合は、より高い割合での損害賠償が認められることもあります。

ただし、その場合でも「全額」を請求できるケースは限られており、裁判では会社側の管理体制や指導状況なども問われます。

まとめ:ミスは「経営リスク」として管理する発想を

📋 この記事のまとめ

・従業員のミスによる損害賠償は「信義則上相当な限度」でのみ認められる
・通常の業務上のミスに対して全額請求することは、裁判上ほぼ認められない
・会社の保険加入状況や管理体制が請求範囲に影響する
・就業規則への記載だけでは全額請求の根拠にならない
・故意・重大な過失がある場合は別途判断されるが、やはり限界がある

従業員のミスをすべて本人に負わせるのではなく、業務上のリスクは経営者が管理するという発想が、労務管理の基本です。保険の整備、マニュアルの整備、適切な指導・教育体制を整えることが、結果的に会社のリスクを下げることにつながります。

「従業員のミスへの対応が心配」「損害が生じたときの対処を相談したい」という事業主様は、ぜひ西宮市の社会保険労務士事務所・SR武田事務所にご相談ください。


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