「うちの従業員が労基署に駆け込んだらしい……どうしたらいい?」
こんな不安を感じる事業主が増えています。
2026年(令和8年)度から、厚生労働省は労働者からの申告を原則として全件受理する方針を打ち出しました。これまで「明らかな法違反でない」と判断された申告は受理されないケースもありましたが、今後はほぼすべての申告を受け付けるというものです。
さらに、2024年度(令和6年度)には申告件数がすでに2万5,000件を超え、近年増加傾向にあります。事業主として無視できない変化が起きています。
この記事では、西宮市の社会保険労務士が、この方針変更の内容と事業主が今すぐすべき対応をわかりやすく解説します。
- 「労働基準監督署への申告」とは何か?
- 令和8年度方針:申告が原則全件受理される理由
- 「請求行為」は申告の前提条件ではない――事業主が注意すべき点
- 個人事業主も申告できるようになった(改正労働安全衛生法)
- 申告が増えている背景と事業主が取るべき対応
そもそも「労働基準監督署への申告」とは?
労働基準法などの労働関係法令に違反していると疑われる場合、労働者は労働基準監督署(労基署)に申告することができます。
申告を受けた労基署は、調査・是正指導・場合によっては送検などの対応を行います。
申告の主な内容には以下のものがあります。
- 残業代・割増賃金の未払い
- 最低賃金違反
- 不当な解雇・雇い止め
- 労働条件通知書の未交付
- 長時間労働・過重労働
- 安全衛生上の問題
労基法第104条には「申告した労働者に対して不利益な取り扱いをすることを禁止する」規定があります。つまり、「申告したからクビにした」などは法律違反になります。
令和8年度の新方針:申告は原則すべて受理
厚生労働省が公開情報公開請求への対応で明らかにした令和8年度の監督指導方針では、「労働基準関係法令に違反しないことが明白な場合を除いて、申告はすべて受理する」という方針が示されました。
| 区分 | これまでの対応 | 令和8年度以降の対応 |
|---|---|---|
| 法令違反が疑われる申告 | 受理して調査 | 受理して調査(変わらず) |
| 法令違反かどうか不明な申告 | 受理しない場合もあった | 原則受理する |
| 明らかに違反でない申告 | 受理しない | 受理しない(変わらず) |
つまり、グレーゾーンの申告もほぼ受理されるということです。
申告件数が増え、かつ受理の範囲が広がるということは、労基署の調査対象になる可能性が高まるということです。「法令違反はしていないから大丈夫」と思っていても、従業員が不満を感じれば申告される可能性があります。
「請求行為」は申告の前提条件ではない
これは事業主にとって非常に重要なポイントです。
今回の方針では、「労働者による使用者への未払い賃金請求などの『請求行為』は申告の前提条件ではない」と明確にされました。つまり、労基署はこのような「まず会社に直接言ってきなさい」という要求を厳に慎むこととされています。
これが意味すること
たとえば、従業員が「残業代が払われていない」と感じた場合、これまでは「まず会社に請求してみてください」と労基署に言われるケースもありました。しかしこれからは、直接申告すれば即受理される流れになります。
- 従業員が会社に「残業代を払ってください」と言わなくても
- 労基署に申告すれば受理される
- 調査が入る可能性がある
事業主として意識してほしいのは、「従業員が声を上げにくい職場環境を作らないこと」です。問題があれば社内で相談・解決できる体制を整えることが、結果的に外部機関への申告を減らします。
個人事業主も申告できるようになった(令和6年改正)
改正労働安全衛生法が2026年4月に施行され、個人事業主や一人親方なども、一定の要件を満たす場合に労基署への申告ができるようになりました。
これは、フリーランスや業務委託で働く人が増える中、労働者に準じた保護を与えるための改正です。
| 申告できる人 | 条件 |
|---|---|
| 雇用労働者 | (従来どおり) |
| 個人事業主・一人親方など | 安全衛生上の問題がある場合など一定の要件を満たす場合(2026年4月から) |
フリーランスや外注スタッフと取引がある事業主も、安全衛生上の配慮が必要になる場面が増えています。
なぜ申告件数は増えているのか?
労基署への申告件数は、令和6年(2024年)には2万5,000件を超え、近年増加傾向が続いています。
その背景としては以下のことが考えられます。
- 労働者の権利意識の向上:SNSやインターネットで労働法の情報が広まり、「残業代は請求できる」という認識が浸透してきた
- 弁護士・社労士へのアクセス向上:労働問題専門の相談窓口や無料相談が増加
- 行政の積極的な周知:厚労省・労基署が申告制度を積極的に案内
- 退職代行サービスの普及:退職と同時に未払い賃金請求などの申告がセットになるケースも
「申告さえなければいい」という発想では根本解決になりません。申告が増えているのは、それだけ労働環境に改善の余地がある事業所が多いということでもあります。法令を守った運営をすることが、最大のリスクヘッジです。
事業主が今すぐすべき4つの対応
①残業代・割増賃金の管理を見直す
申告の最多理由は「賃金不払い・未払い残業代」です。
- タイムカードや出退勤記録が正確につけられているか
- 残業代が正しく計算・支払われているか
- 固定残業代を設けている場合、超過分が追加支給されているか
②労働条件を書面で明示する
雇用契約書・労働条件通知書を交付していない場合、トラブルの温床になります。2024年4月から労働条件通知書の記載事項が拡大されており、更新が必要な場合もあります。
③従業員が相談できる窓口を社内に作る
外部機関に申告される前に、社内で問題を解決できる体制を作ることが重要です。
- 上司以外の相談先(人事担当・経営者への直接連絡ルートなど)
- 定期的な面談・アンケートによる不満の早期把握
④万一の調査に備えて記録を整備する
労基署の調査が入った場合、以下の書類の提示を求められることがあります。
- 労働者名簿・賃金台帳・出勤簿(3大帳簿)
- 就業規則(10名以上の事業所は届出義務あり)
- 雇用契約書・労働条件通知書
- 残業命令・36協定届
これらが整備されていれば、調査に自信を持って対応できます。
まとめ
| ポイント | 内容 |
|---|---|
| 令和8年度の申告受理方針 | 法令違反が明白でない限り、原則すべて受理 |
| 「請求行為」の前提条件化を禁止 | 従業員が会社に請求せずに直接申告できる |
| 個人事業主も申告可能に | 2026年4月から(一定要件のもと) |
| 申告件数の動向 | 2024年度は2万5,000件超、増加傾向 |
| 事業主の対応 | 残業代管理・書面明示・社内相談体制・記録整備 |
労基署への申告が「しやすくなる」時代に突入しました。大切なのは「申告されない会社」ではなく、「申告されても問題ない会社」を目指すことです。
「うちの会社は大丈夫か確認したい」「就業規則や雇用契約書を見直したい」という方は、ぜひ西宮の社会保険労務士事務所・SR竹田にお気軽にご相談ください。
参考:全国社会保険労務士会連合会NEWS HEADLINE(2026年5月19日)「8年度監督指導方針 申告は原則すべて受理を――厚労省」(株式会社労働新聞社提供)

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